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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)5410号 判決

原告

南野秀之助

被告

広岡義文

主文

一、被告は、原告に対し金二、四三六、三五〇円および右金員に対する昭和四二年一〇月一九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告のその余の請求を棄却する。

一、訴訟費用は被告の負担とする。

一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

一、但し、被告において原告に対し金二、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告の申立

被告は原告に対し金三、二二三、九九〇円および右金員に対する昭和四二年一〇月一九日(本件訴状送達の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え

との判決ならびに仮執行の宜言。

第二争いのない事実

一、本件事故発生

とき 昭和四一年一〇月二六日午前五時一〇分ごろ

ところ 堺市砂道町三丁目三一番地先道路上

事故車 普通乗用車(泉五せ三二二九号)

運転者 被告

受傷者 原告(足踏自転車運転中)

態様 原告が右道路を南進中、後続の事故車に接触され負傷した。

二、事故車の運行供用

被告は事故車を借用し自己のための運行の用に供していた。

三、示談の成立

被告と原告との間では左の通り示談が成立している。

示談成立時期 昭和四一年一一月四日

示談条項 (1)事故当時における医師の診断に基き向う三ケ月間の入院治療費を被告が負担して支払うこと。

(2)被告は慰謝料として金一五〇、〇〇〇円を支払うこと

(3)原告は今後被告に対し本件交通事故に関し裁判上裁判外において何らの請求も為さないこと

四、損益相殺

原告の記損害に対しては左の金員が支払われている。

被告支払分一五〇、〇〇〇円(慰謝料として)

よつて原告の後記損害額よりこれを控除すべきである。

第三争点

(原告の主張)

―請求の原因―

二、責任原因

被告は左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。

根拠 自賠法三条 民法七〇九条

該当事実 前記第二の一、二の事実および左記過失。

運転者の過失 被告には、飲酒酩酊のため正常な運転ができないのに事故車を運転した過失があつた。

二、損害の発生

(一)  受傷

傷害の内容

右脛骨々折、併発高血圧のため歩行困難、寝たり起きたりの状態。

(二)  療養関係費

原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。

(1) 入院雑費 一五、〇〇〇円

(2) 附添費 一二〇、〇〇〇円

但し、一日八〇〇円の割合で一五〇日分

(3) 通院交通費 七、五〇〇円

(4) 入院中の内科治療費 九二〇円

(5) マツサージ代 六、〇〇〇円

(6) 退院後の内科治療費 一七、五七〇円

(三)  逸失利益

原告は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。右算定の根拠は次のとおり。

(1) 職業

魚行商

(2) 収入

月額五〇、〇〇〇円

(3) 休業期間(昭和・年・月・日)

事故後一〇ケ月休業(昭和四二年八月二五日まで)

(4) 就労可能期間

原告は事故当時六二才であり、本件事故がなければ右休業間後、更に昭和四二年八月二六日から同四四年八月二五日まで就労し得たのに、前記症状のため就労し得なくなつた。

(5) 逸失利益額 計一、七〇〇、〇〇〇円

(イ) 前記休業期間中の逸失利益額は金五〇〇、〇〇〇円

(ロ) 前記就労可能期間中の逸失利益は金一二〇、〇〇〇円

(四)  精神的損害(慰謝料) 一、五〇〇、〇〇〇円

右算定につき特記すべき事実は次のとおり。

原告は一家の大黒柱であつたが長期にわたる療養の後なお骨折による歩行困難と併発高血圧に悩まされ、職業を続けることもできなくなり家族一同悲嘆にくれている。

(五)  物損

自転車破損による損害 七、〇〇〇円

―被告の主張に対する答弁―

(一) 示談の無効

前記示談は右足骨折、治療期間三ケ月を前提としたものである。しかるに原告は昭和四一年一〇月二六日より同四二年三月二六日に至る五ケ月間入院加療したが、その後なお自宅療養中であり歩行困難の上、高血圧を併発し寝たり起きたりの状態をつづけているが症状は固定し、完全に就労能力を失うに至つている。

右のとおり前記示談はその後の著るしい事態の変化によりその前提たる被害の程度について著るしい相違が生じており、右示談契約はその意思表示の重要な部分に錯誤があつたから、民法九五条により無効である。少くとも権利放棄条項は失効したものといわねばならない。

(二) 損益相殺額

原告が受領した保険金銭額は八三、一四〇円である。よつて、本訴請求額より控除すべき金額は前記慰謝料一五〇、〇〇〇円と合わせて二三三、一五〇円である。

(被告の主張)

(一)  前記示談により本件事故に関する賠償問題は解決ずみであり被告は右示談条項を履行したから原告の本訴請求は失当である。

(二)  被告は原告に対し右示談により慰謝料一五〇、〇〇〇円のほかに自賠法による保険金の残金九一、〇〇〇円をも支払つたから、右示談の効力が認められないときは、右合計二四一、〇〇〇円を本訴請求金より控除すべきである。

第四証拠 〔略〕

第五争点に対する判断

一、責任原因

被告は左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。

根拠 自賠法三条、民法七〇九条

該当事実 前記第二の一、二の事実および被告には原告主張のとおりの過失が認められること。(〔証拠略〕)

二、損害の発生

(一)  受傷

(1) 傷害の内容

右脛骨々折(〔証拠略〕)

(2) 治療および期間(昭和・年・月・日)

(イ) 自四一・一〇・二六―至四二・三・二六

右期間中吉川病院へ入院治療を受けた。

(ロ) 自四二・四・一〇―至四二・四・二四

右期間中、曾我治療所へ通いマツサージを受けた。(〔証拠略〕)

(3) 残存症状

骨折部が痛み長時間の歩行が困難であり、自転車に乗れない。(証拠、前同)

(二)  療養関係費 計一四八、五〇〇円

原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。

(1) 入院雑費 一五、〇〇〇円(〔証拠略〕)

(2) 付添費 一二〇、〇〇〇円

原告主張のとおりと認めるのが相当。(証拠、前同)

(3) 通院交通費 七、五〇〇円

但し、原告の前記入院期間中、家族(妻、娘)が交替に附添つた時の交通費。バス代、片道二五円。(証拠、前同)

(4) マツサージ代 六、〇〇〇円(〔証拠略〕)

原告主張の内科治療費はいずれも内科治療が必要になつたことと本件事故との相当因果関係の立証が充分でないので認容できない。

(三)  逸失利益

原告(六三才)は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。

右算定の根拠は次のとおり。

(1) 職業

原告主張のとおり。(〔証拠略〕)

(2) 収入

原告主張のとおり。(証拠、前同)

(3) 休業期間

原告主張のとおり。(証拠、前同)

(4) 就労可能期間

原告主張のとおり。(証拠、前同)

(5) 逸失利益額 計一、六一六、〇〇〇円

(イ) 前記休業期間中の逸失利益額は金五〇〇、〇〇〇円。

(ロ) 前記就労可能期間中の逸失利益の昭和四二年八月二六日における現価は金一、一一六、〇〇〇円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除、毎年金現価率による、但し、円未満切捨)。

五〇、〇〇〇円×一二×一・八六=一、一一六、〇〇〇円

(四)  精神的損害(慰謝料) 一、〇〇〇、〇〇〇円

右算定につき特記すべき事実は次のとおり。

(1) 前記傷害の部位、程度と治療の経過。

(2) 本件事故の態様、被告の過失内容。

(五)  物損

自転車破損による損害 五、〇〇〇円

原告所有の自転車は本件事故により破損し使用し得なくなつたが、右自転車が本件事故より約半年前一〇、〇〇〇円位で購入されたものであることに徴し、これによる損害は右認定の程度と認めるのが相当。(〔証拠略〕)

三、示談の無効

前記示談は、本件事故後一〇日もたたない時期になされたものであり、原、被告両名は原告の前記傷害が三ケ月で治癒するものと考えこれを前提として右示談契約を締結したものであるところ、その後の治療の経過は前示のとおりであるから、右示談は原告主張の如き理由により効力を有しないものと認めるのが相当である。

四、損益相殺 計二三三、一五〇円

原告の前記損害に対しては左の金員が支払われている。

自賠法による保険金 八三、一五〇円

被告支払分 一五〇、〇〇〇円(争いがない)

右金額以上の支払を認定するに足る証拠はない。(〔証拠略〕)

よつて原告の前記損害額よりこれを控除すべきである。

第六結論

被告は、原告に対し金二、四三六、三五〇円および右金員に対する昭和四二年一〇月一九日(本件訴状送達の翌日)から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。

訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。

(裁判官 上野茂)

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